土方巽と大野一雄

ある日、楽屋で土方さんを撮っていた時のこと。普段はあまり僕の存在など気にも留めていないふうだったのに、その時は珍しく僕に話しかけてきた。正確な言葉遣いは忘れたがこんな内容だった。「トマトの表面を虎が走るのと、新幹線で大阪へ行くのとどちらが速いと思うか」だった。髭面の土方さんの顔がすぐ側にあった。その質問を聞いた時、何と答えていいか言葉に詰まった。舞踏の写真を撮りながら心の中に生まれていたわけのわからないモヤモヤしたものが、正体を現したような気がした。うまくいえないが、自分は特別な人間じゃないってことがわかった、といったらいいか。
自分という存在は劇的でもなんでもなく、ただ普通の男でしかない、という感覚。そのことがあってから、暗黒舞踏に対する僕の熱は少しずつ冷めていった。そうして舞踏家を撮る機会は徐々に減っていった。(『感性のバケモノになりたい』より一部抜粋)

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