19701973
藤崎とは、高校生時代私が16歳の時に知り合った。
彼は1学年下の後輩だったがすぐに意気投合した。今思い起こせば恥ずかしい気持ちにもなるが、当時流行の実存主義は歴史に残る価値があるや否か話したり、西東三鬼や原口統三の本を貸し借りした。
横浜野毛のジャズ喫茶「ちぐさ」へ通い、オーネットコールマンのフリージャズをリクエストしてマスターの「オヤジさん」に生意気だと怒られた。
自作のズダ袋を首から下げて奇妙な笛を吹き合い、パイプ煙草の草をウヰスキーに漬けて煙を楽しんだ。
晴れた日でも黒い蝙蝠傘を持って歩いたし、暗黒舞踏の大野一雄さんを紹介してくれたのも藤崎だった。
実験音楽やフルクサス、具体美術などを通して日本的前衛とは何か語り合い、二人で勝手に実演したりしていた。
藤崎に出会ったことで、私は恵まれた青春時代になったと思う。
そのうち藤崎はオートバイに心酔し、私は写真の世界に没入していったので、徐々に会う機会も減っていった。
展示した写真は、久しぶりに会った時に撮影した。
当時「夢の島」と呼ばれた東京湾埋め立て地へ行き、藤崎所有の50ccランペットに火を点けた。
M→藤崎正記