「グランドキャニオン」
「グランドキャニオン」

1974

1974年4月、ニューヨーク近代美術館で開催された「New Japanese Photography」展のオープニングパーティーも終わり、当時MOMAの写真部長だったジョン・シャーカフスキーさんにご招待のお礼と別れの挨拶に行った。その折、この旅行は私たち夫婦の新婚旅行でもある、との話をしたところ、グランドキャニオンへ行ったらいいよ、とのアドバイスを受けた。
元々、写真展が終わったら、いかにもアメリカ大陸らしいスケールの場所へ行く計画だった。ナイアガラの滝かグランドキャニオンへ行き、ミノックスカメラで風景を撮ろうと思っていた。

写真はフイルムの粒子が構成されることで画像として認識されるなら、極小フイルムカメラで撮影し、現像後極大に伸ばしたら、粒子が見えるのか画像が見えるのか試したかった。

グランドキャニオンの展望台からコロラド川を挟んだ対岸の風景を、朝から日没まで定点観測のように撮影した。
そのうち、ふと、展望台の場所から壁面を下りてコロラド川を見たいと思った。原住民がガイドとなり、ロバ隊が下っていくための道があったからだ。
翌日、妻も行きたいというので、二人で下り始めた。無謀というか、写真を撮りたい欲望が冷静な判断を狂わせた。まず装備はゼロ、食料はホテルで買ったハムサンドイッチ1枚と水筒に入れた水のみ。
実際にグランドキャニオンのリムを歩いてみたら、ひたすら下る荒地が延々と続くだけだ。3時間ぐらい歩いたところで、妻の体力では目的地まで到達するのは無理かもしれないと判断し、彼女をその場に残して私一人で進むことにした。
さらに1時間ぐらい歩き降りたところで、やっと川が見えてきた。
日本という島国で暮らしているだけではとても想像出来なかったが、コロラド川の侵食によって出来たグランドキャニオン渓谷は、想像を絶する強風が吹き渡っていた。匍匐前進でさらに身を乗り出し、ミノックスカメラで数回シャッターを切った。大袈裟でなく、身体が飛ばされるかと思った。
妻を残した場所まで戻ると、岩に腰掛けて私を待っていた。「大きなトカゲがいたよ」とポラロイドで撮った写真を見せてくれた。
そこからの戻りは来た時と逆に、上り勾配をひたすら登った。夕方になると昼とは一変して急激に気温が下がり雪が降ってきた。

こうしてあらためて書き記してみると、無謀なことだったな、との感想を持つが、当時は案外ケロっとしていた。
運が良かったのだ。

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